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手抜き!おいなりちらしごはん

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  左は父の正統なおいなりさん、右は今回の手抜きごはん 実家に帰ると、父がときどきおいなりさんを作ってくれる。 おいなりさん、小さい時に食べていたのは中が白いご飯だったと思う。中のご飯に色々入っているおいなりさんは、けっこう大人になってから知ったんじゃないかな。 バリバリの江戸っ子の上司が「どうしてこの辺りの稲荷寿司は白いご飯じゃないの」と不満そうにこぼしていた記憶があるから、東京では白いご飯が基本なのかもしれない。けど、中がちらし寿司のおいなりさんの方がなんだかオシャレだよね、と私は思っている。 自宅に戻ってから、うちでも作ってTくんに食べさせてあげよう!と「ちらし寿司の素」を買って来たはいいけど、ずっとそのまんまだった。それをついに活用できたんだ。 でも、おいなりさん作りは自分の中の面倒くさがり屋が出てきて決行できず…そこで、作られたのは、ジャーン! 「おいなりちらしごはん」だ! 「おいなり」は前日に甘辛味で作ったキノコじゃが(キノコと油揚げとジャガイモの煮物)に入っていたやつ。それを市販のちらし寿司の素を混ぜただけのご飯の上にのせたんだ。包んでないけど、味はおいなりさん風。 手抜きごはん、だけど割とおいしかったから、また作るかもね。

バックパックさん、ありがとう

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  昨年末、ついに長年お世話になったバックパックさんともお別れした。 このバックパックは2001年にカナダにワーキングホリデービザで行った時からのお付き合いだ。それから帰国後も、帰省するときなどに何度も使って、そりゃあもう大活躍だった。 買いに行ったのは、バンクーバーで通っていた英語教室の授業が終わった後だ。その時大きなスーツケースとただの旅行カバンしか持っていなくて、だんだんと困ってきたから、慌てて現地調達したんだ。 教室の先生だったか友達だったかに安いお店を教えてもらって、あまりよく知らないエリアまでバスに乗って行った。窓から見える看板が英語ばかりで(当たり前なんだけど)どんどん頭がいっぱいになって、不安が大きくなっていったのを今でも思い出す。 目から読み取れる情報が少ないっていうのは不安なものなんだ。 そうやって、なんとかたどり着いたお店で見つけたこのバックパック。当時のカナダドルで60ドルぐらいだったと思う。 当時は1カナダドルが80円ぐらいだったから、4800円!ずいぶん安かった! こんなに安かったけど、大きさといい、作りといい、とても使いやすくてお気に入りだったんだ。 4つのワッペンは旅行先で入手したのを自分でアップリケした。 カナダの国旗、ジャスパー国立公園、スイスの山小屋、アメリカのミュアウッズ国立公園。ワッペンが増えていくたびに、愛着も増していった。 だから、腰のベルトの片方が壊れてしまった時も捨てなかった。もう片方は腰のベルトは両方ともハサミでカットして、腰のベルト無しで使い続けた。 それほど好きだったんだけど、2年ぐらい前から、「背負いやすいよ」と勧められたTくんのバックパックを使うようになって、このバックパックは引退生活に入っていた。 つまりは「ただしまってあるだけ」の状態になってたんだ。 だから、もう役目は終わったのかなーと、しまってあった場所から出したんだ。 それでも、やっぱり愛着があるから、すぐには捨てられなくて、ちょっと飾っていた。そして、「ほかの仕事をしてもらえばいいんだ!」と思いついた。 それは旅行グッズ入れにすること。これまで使っていた旅行グッズ入れも壊れたバッグを使っていたんだけど、そちらと交代させればいいね!と思いついたんだ。 わーい!これで、このバックパックの新しい仕事ができた〜と喜びながら、旅行グッズを詰め込んだ...

空きファイルがごっそり

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   私ははちべえのお姉ちゃんだけあって、お料理本もたくさん持っているが(今回だいぶ手放したけど)レシピ切り抜きも大量にあった。 我ながら偉いところは、整理整頓好きなので、ちゃんとファイル化されているところだ。 赤のファイルは「お肉・お魚・お豆腐のおかず」緑色のファイルは「お野菜料理 他」青いファイルは「お菓子レシピ」と、背表紙にラベルが貼ってある。 中に入っている切り抜きの出身地は多種多様。『オレンジページ』『レタスクラブ』などのお料理誌はもちろん、当時愛読していた『H2O』という暮らし誌、新聞、生協のチラシ、本のコピー、ネットで見つけたレシピ、などなど。 お野菜で多いのは野菜宅配の組合お手製のプリントからの切り抜き。なんと、ご丁寧に(自分でやったんだけど)種類ごとに分類されていて、「大根」のラベルのついたポケットには、大根を使ったレシピの切り抜きが入っているという具合だ。  20年以上前に作られたこのファイルだけど、切り抜きが集められていた期間は10年ぐらいなんじゃないかと思う。そして、現在これが活用されているかというと… 答えは「ノー」だった。  よく作りたくなるものは、その切り抜きだけ取り出されていたり、何度も作るうちに見る必要もなくなっていたり。 作ったことがあるものも多いけど、じっと見ながら「果たして今後、これを見ながら作ることがあるだろうか?」「無いと困るだろうか?」と自分に問うと、やっぱり答えは「ノー」。 切り抜いてファイルに収めただけで、実際に作っていないものも多く、今後活用される気もあまりしなかった。  というか、実をいうと、ここのところ、あまりこのファイル自体を活用していなかった。 今や、何か作ろうという時は、ネット検索だ。「クックパッド」とか「クラシル」で調べたりね。余裕のない言い方で残念だけど、その方が本やファイルをめくって探すよりも早いんだ。 それに、最近はチャットGPTに相談することが多くなっている。 この間なんて、 「ヨーグルトが100グラムほど余っちゃってて。卵2個、アーモンドプードル、薄力粉、砂糖を使ってヨーグルトケーキを作りたいと思うんだけど、いいレシピあるかな?」 と聞いて、教えてもらって助かっちゃった。  昔の自分が時間をかけて、こんなにきちんと整理したのにな…と思ったけど、今使ってなくて、今後も多分使わないんだった...

黒オリーブのパン

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  Tくんが脂質の摂取を控える食生活を始めてから、また自分でパンを焼くようになった。といっても、前のように手ごねではなく、ホームベーカリーでだ。 ホームベーカリーは実家で大活躍のがツインバードのだったので、実績があるということでウチの子もツインバードだ。  付属のレシピの「ハード食パン」が油脂ゼロでいいと思ったんだけど、作ってみると食感が悪いとか何だとかで、Tくんに不評。 色々と試行錯誤して、今のところ一番普通の「食パン」のレシピでバターをレシピの半分に減らして作っている。最近は、それにレーズンとシナモンを入れてレーズンパンにするのがお気に入りだ。  今回、初めてレーズンではなく、黒オリーブを入れてみた。油脂はバターではなくオリーブオイルにして。 実をいうと、付属レシピには「レシピ記載以外の油脂は使わないこと」みたいなことが書いてあったから、ちょっとドキドキだった。  実験は成功!黒オリーブ入り食パンが焼き上がりました! ワインにも、朝のサラダ菜とチーズにもよく合って、とてもおいしかった。  黒オリーブ入りのパンは、アメリカにいる時によく焼いていた。堀井和子さんの『堀井和子の1つの生地で作るパン』という本に載っていたんだ。その時は丸パンに黒オリーブを入れて、手ごねで焼いていたんだけど。それがあったから、今回の食パンにつながった。  この本、アメリカにまで持って行ったお気に入りの本だったけど、この間手放した。 でも、手放しても、だいじょうぶ。ちゃんと本の内容は自分の中に取り込まれていて、今の生活に合ったパンを焼くことができた。

やり始めないとやる気は出ない

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  何年か前に、なにかの雑誌で林家まる子さんが言っていたことばに目がとまって、メモしていた。 「やり始めないと、やる気は出ない」 まる子さんは、その言葉をいたく気に入っていて、本当にそう思うから、この言葉をプリントしたTシャツを作りたいぐらい!というようなことが書いてあった記憶がある。 しかし、それってどういうこと?普通、やる気が出るから、やり始めるって思うんだけど。 チャットGPTに聞いてみた。 そしたら、脳の仕組み的には、順番が逆らしい。 脳は、 行動する→やる気が後から出る という働きをするというんだ。 脳の「側坐核(そくざかく)」っていう部分が「やる気スイッチ」に関わる場所だと言われているんだって。 何かをやり始めて、ほんの少しでも進むと、「動いた」という感覚が生まれる。すると、「側坐核(そくざかく)」から「ドーパミン」という物質が出るらしい。 その「ドーパミン」という物質が「もう少しやってみたら楽しいよ」って、後押ししてくれるんだって。それで、「もう少し続けてみよう」とやる気につながっていくらしい。 しかし、その最初の「やり始める」が難しいんじゃん。と、思う。 そう思いながら、思い出した。いつか本で読んだ「ベイビーステップ」のことを。 そうだ。「やり始める」のハードルを下げてあげればいいんだね。 「英語の勉強を始めよう」じゃなくて、「1個だけ単語を覚えよう」 「運動を始めよう」じゃなくて、「3分ストレッチしよう」 「家じゅうの窓掃除しなくちゃ」じゃなくて、「1枚だけきれいにしよう」 最初の「やり始める1歩」のカギ、「ベイビーステップ」とは、 「大きな目標を小さくすること」ではなく、 「最初の一歩を、失敗しようがない大きさにすること」。 たしかに、ブログも「今日はタイトルだけ書いておこう」って始めたら、もっと書き進めることができたりするね。

辞書にサヨナラ

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デーンと本棚で場所をとっている辞書を前にして、ため息をついた。辞書も聖域だ。 辞書って、お勉強の神様のシンボルみたいな感じ。本棚に辞書があるだけで、頭が良くなりそうだし、頭がいい人に見えそうだ。 でも、だ。 この辞書たち、いつ使っただろうか。ドイツ語の辞書、フランス語の辞書、ハンディタイプの和英英和辞書、もっと小さい和英辞書。 たぶん手元に来たのは30年ぐらい前で、ひいき目に見て(?)15年ぐらい前に一度開いたことがあったかもしれない。 ああ、なんでそんなに長いこと開いてあげなかったの? だって、ドイツ語なんて、フランス語なんて調べることないんだもん。 英語だって、他の辞書の方が結局使いやすいんだもん。 今日、超超久しぶりに開いてあげようか。 って、まず外側のカバーからスッと出てこない。くっついているんだ。両手で辞書をつかんで下にふって、ようやく出て来た。パラリとめくり、中身をチェック。 うう、ち、ちいさい。 そう、老眼にはつらい字の小ささ。思わず指でピンチアウトしちゃうけど、大きくなりませんって! どう?これから使うことある?これ、読みたくなるときがあると思う?と自分に問う。 いや、無いね。調べたかったら、ぜったいネット使う。 ということで、辞書たちにサヨナラすることになった。 でも、辞書って、ビニール製か合成皮革か何かの表紙カバーが付いていて、そのまま紙のリサイクルとかに出せないんじゃない?外せばいいんだろうけど、そんな簡単に外れるかなあ? 心配しながら、表紙カバーをちょっと引っ張ってみたら、いとも簡単に外れた。 古過ぎて、糊付け箇所もすっかり劣化していたみたいだ。 かくして、長年開かれずに本棚に鎮座していた辞書達は、紙リサイクルへの旅に向かうことになったんだ。

ワールドギフト使ったよ

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フワフワになったクマちゃんたち  昨日の新聞のSDGsを学ぶ特集記事に【着なくなった服を再利用する会社の取り組み】が紹介されていた。「古着deワクチン」、うん、その名前、見たことがあるぞ。 
 注文すると、数日で専用の回収袋が自宅に届けられるので、それに衣類を詰めて、指定のフォームで集荷を依頼して完了、というシステムのようだ。お洋服は海外で再利用してもらえる上に、ワクチン支援にもつながるという。
Webサイトに行ってみたら、スタンダードサイズの袋が3,300円で、一番大きいのは5,500円だった。 実は昨年の夏、「古着deワクチン」じゃないけど、似たようなシステムのNPO法人「 ワールドギフト 」を利用したんだ。ここは郵便局による集荷なら2,900円(送料込み)で、衣類だけではなく、けっこう何でも送れる。実家で読んだ本に載っていて、ずーっと気になっていた。 
縦+横+高さの合計が140センチ以内の段ボール箱に、家の中の不用品を詰める。 ゴミにできないもの、捨てられないものも、誰かに喜んで使ってもらえると思うと、次々と手放せた。 
高校生の時に買った使いかけの古いクレヨン(でも書ける!)、余分な鉛筆と色鉛筆、飲み物か何かのおまけに付いていたおもちゃやポーチ、お弁当箱、余分で使っていないお玉やフライ返し、タッパー。間に合わせで買ったけどUV機能が低くて結局使っていない日傘、かわいいお菓子の缶などなど、古着やタオルの他にも、家じゅうから寄付できそうなものを探し出して、たくさん箱に入れた。 でも、ここを使って送り出したいと思っていた最大のものが他にあった。 それは、かわいい3匹のクマちゃんのぬいぐるみ。
 一番大きな子は20年以上前に、カナダの大学の寮の同じフロアの子にクリスマスプレゼントだとかで貰った子だ。なんでも「2つでいくら」というクリスマスセールだったそうで、1つ分けてくれたのだ。帰国する時には、飛行機の隣の席にシートベルトをして座っていた。私がトイレに立った隙に、隣の乗客がふざけてこの子にヘッドホンをつけていて、笑わされたのを思い出す。 
中くらいの子は大学生の時にTくんに預けられたもの。Tくんの車にも、一緒に乗ったっけ。 
一番小さな子もカナダ時代の子だ。夏に働いていたホテルの寮のルームメイトからもらったものだ。キャベルアパートメントに住んでいたから、こ...

未練がましさにサヨナラ1

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  これまでも、チョコチョコとモノの整理はして来たほうだと思う。でも、聖域のように触れられず、さらにドーンと結構なボリュームのものがあった。それは、これまでに15年以上の歳月の間作り続けられ、溜まりに溜まった教材たちだ。 自分で作ったから、愛着がある。それから、いつかまた使えるかもよ?という「ラクしたい精神」もある。たしかに、それで何度か出番のあった教材もあるんだけど、それも数が少なければサッと出して活用できるというもの。量が増えると、その存在すら忘れてしまうし、覚えていたとしても「どこにしまったっけ、確かここにあったはず…あれ?ないぞ?」となり、発掘するより新しく作った方が早い、なんてことにもなったりする。 しかし、なまじ上手く収納システムを確立してしまったがために、ファイルがどんどん増えてしまったのだ。 これを、どうにか見切りたい。 そう思って、何か背中を押してくれるような記事がないかしら、と筆子さんのブログ( 筆子ジャーナル )を読んでいたところ、同じ教育関係の読者のお便りの記事( リンク→ )にぶつかった。 「過去に教えたこと」にこだわったり、とらわれたりしているようでは、本当に魅力的な授業はできない 「前やったこと」はもう古く、邪魔でしかないし、前やったことで必要なことは、からだが覚えています。 教師の仕事はライブパフォーマンスであり、現場での、1つひとつの授業が勝負で、ある意味、賞味期限のある生物(なまもの)だと思います。 捨てに、捨てた。 だいたい学習者の国籍も、世代も、学習スタイルも、そして教育界が求める教授法もどんどん変わっているんだ。過去にしがみついているようでは、ダメだ。 今、ここ、今日、 新たな気持ちで向き合わないと。

ミニミニファイルから抜いたもの

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  小さいものでも場所はとっている。リビングボードの引き出しに入れてあったカードファイルの中身をチェック。 小さなことからコツコツと、だ。毎日少しずつでも不用品とサヨナラする。 一つはポイントカードのファイルだ。 もうスマホのアプリ化していて、物理カードは不要というもの、 前に住んでいた場所にあったお店のポイントカード、 どこの店のだかよくわからないやつ、 日本から撤退したお店のもの、 毎年北海道旅行していた時に行っていたラーメン屋とハーブ屋さんのポイントカード(今そのシステムがあるかどうかも不明)、 もう使っていないデパートの化粧品屋のメンバーズカード、 時々行くけど、行く時にはいつも忘れてしまうレストランのポイントカード、 などなど、ごっそり出てきた。「得したい」というケチくさい気持ちで、とっておいている割に、結局忘れちゃって場所をとっているものにサヨナラできてスッキリした気持ち。 もう一つは診察券のファイル。 これにも、昔の職場の近くとか、昔住んでいたところの病院の診察券が多数あった。今通っていないなら、要らない。一応、大学病院とか大きな病院の診察券は行く可能性があるからとっておくことにしたけど、あとは処分。 ポイントカードやら診察券やら、そんなものを一枚一枚、ファイルに入れてるなんて!ガサっと束にしてまとめておけばいいだけなのに。と、Tくんには呆れられた。 そうなんだよね。無駄な整理が多い、って、片付けを始めると気が付く。

ぎゅうぎゅうの収納ケースから抜いたもの

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  シビラのスカートとアメリカで買ってきた珍しい柄のスカート。 どちらも大好きで何度も着ていたけど、歳と共にあまり着なくなっていた。膝は隠れる丈だけど、最近の気分では短すぎる気がして。でもタイツをはけば、着られる!と、とっておいていたけど、そもそも最近タイツの出番がない。最近の春は暑すぎて、秋も暑すぎて、冬は寒すぎるから。 もうブカブカになった庭用のズボン、涼しいんだけどちょっと形の悪いズボン。 あったら着るけど、なくても困らない。他にいいのがあるから、多分そっちを着ちゃう。 相当気に入っていたGジャン。 アメリカに忘れてしまった時は、家主にわざわざ送ってもらったこともあるくらい。でも最近着る機会がない。去年も今年も着ていない。きっと来年も着ないだろう。 デザインが変わっていて素敵なワンピース。 素敵だし珍しいし可愛くて着ると褒められるんだけど、今年も着なかった。アイロンしなくちゃいけないからだ。暑いんだよ。夏にアイロンなんて。 同じくプリーツが素敵なブラウス。 これもアイロンしないとプリーツが台無しになるからね。結局あまり出番がないんだ。着ていないなぁって横目で見て、ちょっと残念な気持ちになってしまう。 シビラのジャケット風カットソーとクロシェカーディガン この子達も気に入っていて何度も着ていたのに、最近出番がなかったのはやっぱり似合わなくなっているからか。あと古くてへたった感じもあり、肌触りも悪くなっているのが気に入らないのかも。動きにくさもある。 他にも色々、色々… まだ着られるよね。好きな服だし、高かったし、素敵だし。うん、やっぱり、まだ着られる!と思いつつ、じゃあどうして今年着なかった?昨年も着ていないんじゃない?来年着る気がする?着ようと思ってワクワクする?と自分に問いかけると、うーん、そうでもないかも。と。 スペースのできた収納ケースを見て、寂しさはなく、ホッとした気持ち。残ったみんなをちゃんと活用してあげられると思えるから。

未来の私を軽くする

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  ものが多すぎて身動きが取れなくなっていくのは嫌だ。そう思って、今までもチョコチョコと片付けはしていたけれど、手付かずの領域があった。それに踏み込んでいこうと決意した。未練がましくとっておいてあるものが沢山あるんだ。 夏に図書館で読んだ「ごんおばちゃま」の本によると、毎日違う場所を30分だけ片付けるのがいいとのこと。よく断捨離本に書いてある「全部出して」は大変だから推奨していなくて、出さずに眺めて、減らすものを見極めるとのこと。その場所から「抜く」とごんおばちゃまは表現していた。 軽やかに生きるため、少しずつ「抜く」を進めていく。

雪の日のクッキー

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  雪や こんこ あられや こんこ 降っては 降っては ずんずん 積もる 山も 野原も わたぼうし かぶり 枯れ木 残らず 花となる 雪が降りはじめたのを見て、ハチベエと私、「雪」の入った童謡のレコードをかけて、窓の外の雪のリズムで飛び跳ねながら歌った。雪、積もらないかな!積もるといいなあ! 今は「大雪」となると雪国じゃない地方の小学校は休校になるみたいだけど、私の時代は違ったんだ。雪が積もると、先生が「今日の授業はなし!雪で遊ぼう〜」と言って、「わーい!」と私たち。グラウンドに出て、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、楽しいことばかりだった。 雪や こんこ あられや こんこ 降っても 降っても まだ 降りやまぬ 犬は よろこび 庭 かけまわり 猫は こたつで まるくなる そう。犬はよろこび、って、本当なんだ。帰ってからはハチベエとワンコを連れ出して遊んだ。ワンコ大はしゃぎ。積もった雪の中をハフハフと、なんだか泳いでいるみたい。雪だるまじゃなくて、うちのワンちゃんそっくりの雪ワンコを作ろうと、2人で無心に作り続けたこともあったっけ。 雪遊びで夢中になって、心はポカポカ。でも、体は冷え冷えだ。いつかの雪の日、家の前の田んぼをはさんで向こう側に住んでいたTちゃんと遊んだ後、Tちゃんのお母さんに淹れてもらったあったかーいお茶を思い出す。「あら?このクッキー、ずいぶん冷たいわね」とTちゃんのお母さん。カバンの中に入れていたパパの手作りクッキーは冷えきっていたんだ。冷え冷えの絞り出しクッキー。真ん中に乗せられた赤いジャムはカチコチだった。 「大雪だ、大雪だ」と、先週から言われ続けていたけど、私の住むまちでは雪は舞っても積もるようなことはなく、むしろ台風みたいな強風のほうが心配なくらいでちょっと拍子抜けだった。それがなんと今朝、急に雪が降り始め、1時間ぐらいで庭にふわり綿帽子をかぶせた。 もう雨に変わってしまったけど、今日のお茶の時間には手作りクッキーを食べようかな。

先手必勝

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  C先輩と久しぶりのチョコレートクラブを開催した。チョコレート好きの2人、チョコレートパフェを食べる会だ。でも毎回のように場所探しに苦労する。今回も「ここだ!」って前に見つけて、Googleマップに保存していたお店があったのに、さあ行こうという段になって、閉店していたことに気がつき、ガックリ。探し疲れて行くことにしたのは、まさかのファミレスだった!
最近のおしゃれカフェと違って、昔ながらのファミレスは「インスタ映え」とか気にせず、地味なチョコレートパフェもちゃんとメニューに載せてくれていた。
リーズナブルな価格でお腹いっぱい、飲み物も飲み放題、おしゃべりも弾んで楽しかったんだけど、問題が1つ。寒かったんだ。 帰り際からいやーな予感。喉に違和感。きっと何時間も薄ら寒い席にいたせいだ。 もういやだー!こんなお正月前に絶対寝込みたくない〜!!どうしよう、熱が出るかもー!と大騒ぎの私に、Tくんは「大丈夫だっ!」と強い確信の目を向けて言った。
それなのに、私はぜんぜん励まされずに、ショボーンとよわーい気持ちで夕食のサラダの葉っぱをかじっていたら、Tくん「カイゲン飲んだら?あ、葛根湯は?」
そうだ、そうだ。コロナ禍を経て、しばらく風邪との戦いをしていなかったから、戦い方を忘れていた。こんな時は葛根湯だった。 まだレタスしか食べてないから、間に合うはず!と急いで葛根湯を飲んだ。
そして、お風呂の後はネックウォーマーをして、ホットレモネードに生姜パウダーをかけまくって飲んだ。その夜はポカポカと体が温まり、寝ている間に汗をかいた。 朝、起きた時は昨日の喉の違和感は消えていた、が、今度は胸の辺りがムズムズ、咳が出そうで出ない感じ。えー!喉より奥に入り込んじゃったか??と負けそうな気持ちだったけど、「いや、負けないぞ!」と自分を奮い立たせ、葛根湯とジンジャーホットレモネードに加えて、首の後ろのツボをカイロで温める攻撃も追加。夕方は微熱も出てきて、もうダメかもとまた弱気が出てきたけど、お湯にレモンだの生姜だの蜂蜜だの入れたものをひたすら飲み続けて頑張った。 そして迎えた今朝。体が軽い!ゾクゾクもない!ムズムズも消えた!わーい勝利だ! お正月を前にして、「風邪には先手必勝」を再確認できたんだ。

朝のじゅもん

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母に編んでもらったお座布団に何とか乗ってくれたJさん おねむ  両親は早起きだ。というより、父が早起きなんだ。だから、帰省すると自然と朝型になる。それで、実感する。早起きすると1日が長いなあ〜って。 帰省から戻って、朝のじゅもんを思いついた。アラームが鳴ったら、じゅもんを唱えるんだ。 「ハヤオキハ ナンモンモノ トク、ハヤオキハ ナンモンモノ トク、ハヤオキハ ナンモンモノ トク」 そう、早起きは何文もの得! これ、効果抜群。 今朝もじゅもんを唱えて、がんばって起きました。 きっといい日になるね。

クリスマスが好き

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今年もJさんにサンタが来ました 小さい頃からクリスマスが好きだった。 お正月よりも、ひょっとすると誕生日よりも好きかもしれない。 空気が冷たくなってくるにつれて、街に増えてくるクリスマスっぽい飾り、ケーキやチキンの宣伝、お店に流れるクリスマスソング。まず世の中にワクワクさせられるんだ。 お家でもクリスマスツリーを飾った。一番古い記憶にあるツリーはおそらく輸入品だったんだと思う。この間テレビを見ていたら、どこか外国のクリスマスツリーに飾られていたサンタのオーナメントが昔ウチにあったものとそっくりだったんだ。英語しか書かれていない箱の中に入ったピカピカのカラフルなボールも好きだった。毎年数が減っていくのは割れちゃうから。ガラスでできているんだよね。見かけは金属のように見えるから、割れちゃうのが不思議だった。ツリーにめぐらされた電球が色とりどりにチカチカしたら、もうすっかりクリスマス気分だ。 さらに、お家でのパーティーは一大イベントだった。父がそれはもう、腕に寄りをかけて家族を楽しませてくれたんだ。 数えきれないほどの楽しい思い出があるけれど、とりわけ印象深いのはただの和室をディスコホールに変身させた作戦だ! ハチベエが赤ちゃんの時に遊んでいた知育おもちゃ、丸いボールにいろいろな形の穴が空いていて、穴と同じ形のブロックを当てはめて中に入れるっていうやつがあったんだけど、パパはそのボールを使ってミラーボールを作ることを思いついたんだ。私は加工されたそのボールにミラー状に光る四角い小さなシールをひたすら貼るという仕事を任された。もちろんその時は何も知らずに。 パーティー当日、当時の家ではリビングとして使っていた和室の真ん中にミラーボールが設置された。部屋の電気を消すと、和室の各コーナーからカラフルなライトがミラーボールを照らした。そして、パパが魔法をかけると、ミラーボールはくるくる回り始めたんだ。かくして、我が家にディスコホールが出現したのだ! これ、くるくる回ったのは、ハチベエが赤ちゃんの時のベッド用オルゴールを再利用してたんだ。カラフルなライトはカラーセロハンを貼った大きな懐中電灯の光。 あるものを工夫して楽しくしようっていう、私の中にある性質は、こうやって育まれてきたんだな。 なんて、しあわせなこと。 メリークリスマス!

無理して捨てなくてもいい 2)

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  プレゼントについていたリボンやマスコット、お友達が児童館で作った紙工作、拾った松ぼっくりなど、捨てられずにいたモノたちが毎年ホリデーシーズンに活躍。 小さい頃は「片づけ」ってなんか嫌だった。「おかたづけしなさい」って言われても、何をどうすればいいのか、ハッキリ分かってなかったからだ。でも、今は違う。極意をつかんだからだ。片づけでいちばん重要なこと、それは「元に戻すこと」だ。 しかしながら、「元に戻す」ためには、「元」の住所が決まっていないとダメだ。 住所不定のモノたちばかりの部屋を「お片付け」するのは大変だった。どこに戻せばいいのかよく分からないから、お片付けが簡単じゃないんだ。その時考えないといけないことが、いっぱい出て来て面倒臭い。その時あいている場所を探して、なんとか適当に収めて、ごちゃごちゃしたものは全部、袋とか箱とかに入れて見えない場所に押し込んだりして。部屋は見た目は片付いたように見えても、こんなやり方では、また物探しから始まって、混沌の部屋に逆戻り。徒労感満載。本当にお片付けって嫌だった。 それが、住所を決めてあげればいいんだ、ということに気づいてから大分楽になった。住人(住 モノ か!)の家(収納先)に表札(内容を示すインデックス)をつけるというやり方が昔からあるのは、こういうワケだったんだね。うちでは逆に、モノ自体に収納先を示すラベルシールを貼っているものもある。いくつかあるハサミに【玄関】【机】とかね。 住所が決まっていると、お片付けは随分楽になる。「元に戻す」だけだからだ。ワンアクション。他に考えることがないから、簡単にできる。 この基本的なこと、「無理して捨てなくてもいい」と言い切る米田まりなさんの本には、これをとことん、隈なく極めることで「捨てる」という選択をなくすという方法が、丁寧に解説されていた。この通りに実践すれば、家にある全てのモノの住所が決まるんだ。 縁あってウチにやって来たモノたちは大切にしたい。役目を果たさせてあげたいと思う。適当な場所にしまわれて忘れ去られてしまったモノはかわいそうだ。大切にしているとは言えないだろう。そんな気持ちが「お片付け」をちゃんとしようという気持ちにつながっているんだ。

無理して捨てなくてもいい

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  片付けが好きだ。というより片付いた部屋が好きなのか、いや、片付いていない部屋が好きじゃないんだ。 片付いていない部屋、それは見た目ではない。片付いていない部屋というのは、どこに何があるのかがサッと分からない部屋のことだ。そんな部屋では、どうしても物を探すことが多くなってしまう。その時間は本当にもったいない。何も生み出さない無駄な時間だからだ。 それが悔しくて、「ああ、片づけなくては!」と片づけることになる。 「だんしゃり」と入力してキーを押すとすぐに「断捨離」と変換されるぐらいの今日このごろ。片づけというと捨てることから始める、と思い込んでいたから、モノに愛着を持ってしまいがちな私は、この本のタイトルを見た時にハッと惹かれた。 米田まりなさん著の 『モノが多い 部屋が狭い 時間がない でも、捨てられない人の捨てない片づけ』 だ。 米田さんはたくさんのお気に入りのモノたちを捨てることなく上手に管理し、片付いた部屋で気持ちよく生活することに成功しているんだ。この本では、捨てたくないものを無理に捨てずに、管理する方法を教えてくれている。だから、 ①片づけ=捨てることである。
②しかし、勿体無い精神が先立って、捨てること=良くないことと考えてしまう。
③したがって、片付けられない という魔の3段論法に陥ってしまっている人にはオススメの本だ。この本を読むと、片づけとはそういうことか、と本質的なことが理解できる。 そう、片付けは捨てることから始めなくていいんだ。無理して捨てなくてもいいんだ。

ふりかえりのモナカ

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   小さい頃はあんこって苦手だった。だから、私にとってモナカなんて、「 味があるんだか無いんだかよく分からない皮にはさまれた大量のあんこ 」というだけの食べ物で、全く興味のないお菓子というか、自らすすんで食べようというものではなかった。だがしかし!このモナカは違ったんだ。  名古屋に行った時に空港で買ってきたモナカ。ガイドブックの「実は名古屋は和菓子も美味しい」という一文にひかれ、さらに、どうして名古屋の和菓子が美味しいかって、【秀吉の茶の湯→ご執心】から来てる、みたいな文にもひかれ、そこに紹介されていたモナカを試しに買って帰ってみたら、「モナカのくせに」本当においしかったんだ。これ、お土産にあげた人たちからも口々に言われたので、美味しく感じたのは私ばかりではない。すごい、すごいぞ秀吉!名古屋の和菓子のレベルアップに貢献してたんだね!って感心した。  それで、この間、Tくんが名古屋に出張だと聞いて、真っ先に思ったのはこのモナカのことだった。でも、憶えているのは名古屋のモナカっていうことだけ。名古屋に行ったのはいつのことだったかもはっきりとは憶えていなくて、お土産のリクエストを出せないまま、Tくんは出張に行ってしまった。ここで、ふつうならあきらめてしまいそうなんだけど、ここは八兵衛のお姉ちゃん、確か名古屋で写真を撮ったはず!と写真を検索し、それが2017年のことだったことを調べ上げた。次に、2017年の手帳を出してきて、パラパラとめくった。そして見つけたんだ! 【不朽園の最中】 のシールが貼られたページを!  わーい!あった、あった!と大喜びでこの手帳のページを撮って、Tくんに送りつけた。Tくんは最初、一体何のことか分からなかったようだけど、「これを買ってこいってことね?」とお土産に買ってきてくれた。さすが、つきあいの長いTくんだ。  7年ぶりの不朽園の最中を心ゆくまで味わいながら、7年前の手帳を見返した。自分の書いた手帳ほどおもしろいものはない。あっという間に飛んでいった7年間だという気がするけれど、たしかにこの手帳に2017年を生きていた私が記録されていた。たしかに【時間】を捕まえておくのに手帳は有効だ。   ちゃんと、毎日を、彩り豊かに、生きているよ 、と、2017年の私に励まされた。

Time flies!

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  2024年9月19日の家の気温計は39℃を記録した  それにしても長い長い夏だった。8月はもちろんのこと、9月も県内の観測地点すべてで1カ月の平均気温を更新したとニュースで聞いた。  いったいいつになったらこの暑さは終わるのか、と暑さに耐え忍んでいた時間はそれはもう長く感じていたのに、涼しくなった今となっては「もう10月?今年もあと3カ月で終わり?」とあっという間のように感じるのが時間の不思議さだ。  チコちゃんじゃないけど、 ボーッと生きていると飛んでいってしまう【時間】 を捕まえたくて、色々とあがいている。それが、このブログだったり、手帳だったり、するんだろうな。飛んでいく時間が落とした羽を拾って、チマチマ貼りつけてるんだ。   「どんな人も生きていれば毎日平等にもらえる86,400円」 この夏に読んだ本に書いてあった1日の時間のとらえ方だ。1日は24時間だけど、これを秒になおすと86,400秒なんだって。  なるほど、Time is money.だ。1日で86,400円、これを使ってどんな価値あるものを買うか。何も買えずに残っちゃった分は、次の日になったら消えてしまう。  そう、お金は貯められるけど、時間は貯められないんだよね。そして、毎日の86,400円の支給がいつ止まるかは、誰にもわからない。  なんだか時間って、平等だけど厳しい。今さらながら。

台風

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  ノロノロ台風が連れてきた雨雲が、ここ2日間雨を降らせ続けている。これまでの1ヶ月、ぜんぜん降らなかった分を集中して取り返している。少しずつ分けて降ればいいものをねえ。なんだか、夏休みの宿題みたいだ。  幸いにも、台風は当初の予報よりずっと弱まってくれて、私の町の被害は(今のところ)あまり無いみたい。今は、台風が上陸する前から、電車やバス、お店も学校も休む判断を早くにするから、そのおかげで出歩く人も減って、怪我する人もだいぶ少なくなったんじゃないかと思う。  実際に来てみたら、それほどの脅威でもなかった時、不便を感じた人からの「大した台風じゃなかったのに…早くに休みを決めすぎなんじゃないの?」という声も聞くけど、酷くなかったのは結構なこと。それに、いつでも買い物できる、配達してもらえる、それが当たり前の便利な世の中を作ってくれている人たちのことを考えると、台風が強かろうと弱かろうと、直撃しようとそれようと、こんな時ぐらい休ませてあげようよって、そんな気持ちになる。  これまでの人生で印象的な台風はいくつかあるけど、一番は小学校低学年のときにやって来たやつだ。朝はふつうに学校に行ったんだと思う。両親も会社に出かけて行った。でも、学校に行ってから、どんどん雨も風もひどくなって来て、授業中に放送があったんだ。先生は職員室へ行ったり来たり、結局みんな家に帰ることになった。集団下校だ。  近所の集団下校グループで、みんなで家に向かった。 外の景色は白い斜線でよく見えない。白い斜線は雨、雨、雨。雨が入ってくるから、眼も開けられない。風が吹いて危ないから、傘もさせない。たしか、傘をささないように言われてたと思う。風が強くて、雨が口にも鼻にも入って来て苦しい。息ができない。用水路から水があふれて、道路は茶色い川のようになっている。川の流れに足を取られてか、強風にあおられてか、歩いても歩いても、ちっとも前に進まない。もう帰れないかも。泣きそう、いや泣いてたかも、でも涙なのか雨なのか鼻水なのか、もうよくわからない。ああ、とにかく息がしたい。  集団下校は子どもだけじゃなかったと思う。迎えに来た友だちの親御さんも何人かいた。1台だけ、車で迎えに来た人もいたけど、半分ぐらい水に浸かって、途中で止まってしまったと思う。それで、大人も子どもも、運命共同体みたいな感じで、必死で家に帰り...