未練がましさにサヨナラ1
これまでも、チョコチョコとモノの整理はして来たほうだと思う。でも、聖域のように触れられず、さらにドーンと結構なボリュームのものがあった。それは、これまでに15年以上の歳月の間作り続けられ、溜まりに溜まった教材たちだ。
自分で作ったから、愛着がある。それから、いつかまた使えるかもよ?という「ラクしたい精神」もある。たしかに、それで何度か出番のあった教材もあるんだけど、それも数が少なければサッと出して活用できるというもの。量が増えると、その存在すら忘れてしまうし、覚えていたとしても「どこにしまったっけ、確かここにあったはず…あれ?ないぞ?」となり、発掘するより新しく作った方が早い、なんてことにもなったりする。
しかし、なまじ上手く収納システムを確立してしまったがために、ファイルがどんどん増えてしまったのだ。
これを、どうにか見切りたい。
そう思って、何か背中を押してくれるような記事がないかしら、と筆子さんのブログ(筆子ジャーナル)を読んでいたところ、同じ教育関係の読者のお便りの記事(リンク→)にぶつかった。
「過去に教えたこと」にこだわったり、とらわれたりしているようでは、本当に魅力的な授業はできない
「前やったこと」はもう古く、邪魔でしかないし、前やったことで必要なことは、からだが覚えています。
教師の仕事はライブパフォーマンスであり、現場での、1つひとつの授業が勝負で、ある意味、賞味期限のある生物(なまもの)だと思います。
捨てに、捨てた。
だいたい学習者の国籍も、世代も、学習スタイルも、そして教育界が求める教授法もどんどん変わっているんだ。過去にしがみついているようでは、ダメだ。
今、ここ、今日、
新たな気持ちで向き合わないと。