台風
ノロノロ台風が連れてきた雨雲が、ここ2日間雨を降らせ続けている。これまでの1ヶ月、ぜんぜん降らなかった分を集中して取り返している。少しずつ分けて降ればいいものをねえ。なんだか、夏休みの宿題みたいだ。
幸いにも、台風は当初の予報よりずっと弱まってくれて、私の町の被害は(今のところ)あまり無いみたい。今は、台風が上陸する前から、電車やバス、お店も学校も休む判断を早くにするから、そのおかげで出歩く人も減って、怪我する人もだいぶ少なくなったんじゃないかと思う。
実際に来てみたら、それほどの脅威でもなかった時、不便を感じた人からの「大した台風じゃなかったのに…早くに休みを決めすぎなんじゃないの?」という声も聞くけど、酷くなかったのは結構なこと。それに、いつでも買い物できる、配達してもらえる、それが当たり前の便利な世の中を作ってくれている人たちのことを考えると、台風が強かろうと弱かろうと、直撃しようとそれようと、こんな時ぐらい休ませてあげようよって、そんな気持ちになる。
これまでの人生で印象的な台風はいくつかあるけど、一番は小学校低学年のときにやって来たやつだ。朝はふつうに学校に行ったんだと思う。両親も会社に出かけて行った。でも、学校に行ってから、どんどん雨も風もひどくなって来て、授業中に放送があったんだ。先生は職員室へ行ったり来たり、結局みんな家に帰ることになった。集団下校だ。
近所の集団下校グループで、みんなで家に向かった。
外の景色は白い斜線でよく見えない。白い斜線は雨、雨、雨。雨が入ってくるから、眼も開けられない。風が吹いて危ないから、傘もさせない。たしか、傘をささないように言われてたと思う。風が強くて、雨が口にも鼻にも入って来て苦しい。息ができない。用水路から水があふれて、道路は茶色い川のようになっている。川の流れに足を取られてか、強風にあおられてか、歩いても歩いても、ちっとも前に進まない。もう帰れないかも。泣きそう、いや泣いてたかも、でも涙なのか雨なのか鼻水なのか、もうよくわからない。ああ、とにかく息がしたい。
集団下校は子どもだけじゃなかったと思う。迎えに来た友だちの親御さんも何人かいた。1台だけ、車で迎えに来た人もいたけど、半分ぐらい水に浸かって、途中で止まってしまったと思う。それで、大人も子どもも、運命共同体みたいな感じで、必死で家に帰り着いた。私は自分の親が来ていなかったので、近所の三姉妹のSさんのお母さんが一緒に家に連れて帰ってくれた。
Sさんのお母さんに救われ、人生は再スタートした。清潔で乾いたタオルは生きる力をくれる。
夕方、ままが迎えに来た。道端に割れた屋根の瓦がたくさん落ちていた。まだ風は強く吹いていたけれど、もう怖くはなかった。ままがいたからね。