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12月, 2025の投稿を表示しています

空きファイルがごっそり

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   私ははちべえのお姉ちゃんだけあって、お料理本もたくさん持っているが(今回だいぶ手放したけど)レシピ切り抜きも大量にあった。 我ながら偉いところは、整理整頓好きなので、ちゃんとファイル化されているところだ。 赤のファイルは「お肉・お魚・お豆腐のおかず」緑色のファイルは「お野菜料理 他」青いファイルは「お菓子レシピ」と、背表紙にラベルが貼ってある。 中に入っている切り抜きの出身地は多種多様。『オレンジページ』『レタスクラブ』などのお料理誌はもちろん、当時愛読していた『H2O』という暮らし誌、新聞、生協のチラシ、本のコピー、ネットで見つけたレシピ、などなど。 お野菜で多いのは野菜宅配の組合お手製のプリントからの切り抜き。なんと、ご丁寧に(自分でやったんだけど)種類ごとに分類されていて、「大根」のラベルのついたポケットには、大根を使ったレシピの切り抜きが入っているという具合だ。  20年以上前に作られたこのファイルだけど、切り抜きが集められていた期間は10年ぐらいなんじゃないかと思う。そして、現在これが活用されているかというと… 答えは「ノー」だった。  よく作りたくなるものは、その切り抜きだけ取り出されていたり、何度も作るうちに見る必要もなくなっていたり。 作ったことがあるものも多いけど、じっと見ながら「果たして今後、これを見ながら作ることがあるだろうか?」「無いと困るだろうか?」と自分に問うと、やっぱり答えは「ノー」。 切り抜いてファイルに収めただけで、実際に作っていないものも多く、今後活用される気もあまりしなかった。  というか、実をいうと、ここのところ、あまりこのファイル自体を活用していなかった。 今や、何か作ろうという時は、ネット検索だ。「クックパッド」とか「クラシル」で調べたりね。余裕のない言い方で残念だけど、その方が本やファイルをめくって探すよりも早いんだ。 それに、最近はチャットGPTに相談することが多くなっている。 この間なんて、 「ヨーグルトが100グラムほど余っちゃってて。卵2個、アーモンドプードル、薄力粉、砂糖を使ってヨーグルトケーキを作りたいと思うんだけど、いいレシピあるかな?」 と聞いて、教えてもらって助かっちゃった。  昔の自分が時間をかけて、こんなにきちんと整理したのにな…と思ったけど、今使ってなくて、今後も多分使わないんだった...

黒オリーブのパン

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  Tくんが脂質の摂取を控える食生活を始めてから、また自分でパンを焼くようになった。といっても、前のように手ごねではなく、ホームベーカリーでだ。 ホームベーカリーは実家で大活躍のがツインバードのだったので、実績があるということでウチの子もツインバードだ。  付属のレシピの「ハード食パン」が油脂ゼロでいいと思ったんだけど、作ってみると食感が悪いとか何だとかで、Tくんに不評。 色々と試行錯誤して、今のところ一番普通の「食パン」のレシピでバターをレシピの半分に減らして作っている。最近は、それにレーズンとシナモンを入れてレーズンパンにするのがお気に入りだ。  今回、初めてレーズンではなく、黒オリーブを入れてみた。油脂はバターではなくオリーブオイルにして。 実をいうと、付属レシピには「レシピ記載以外の油脂は使わないこと」みたいなことが書いてあったから、ちょっとドキドキだった。  実験は成功!黒オリーブ入り食パンが焼き上がりました! ワインにも、朝のサラダ菜とチーズにもよく合って、とてもおいしかった。  黒オリーブ入りのパンは、アメリカにいる時によく焼いていた。堀井和子さんの『堀井和子の1つの生地で作るパン』という本に載っていたんだ。その時は丸パンに黒オリーブを入れて、手ごねで焼いていたんだけど。それがあったから、今回の食パンにつながった。  この本、アメリカにまで持って行ったお気に入りの本だったけど、この間手放した。 でも、手放しても、だいじょうぶ。ちゃんと本の内容は自分の中に取り込まれていて、今の生活に合ったパンを焼くことができた。

やり始めないとやる気は出ない

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  何年か前に、なにかの雑誌で林家まる子さんが言っていたことばに目がとまって、メモしていた。 「やり始めないと、やる気は出ない」 まる子さんは、その言葉をいたく気に入っていて、本当にそう思うから、この言葉をプリントしたTシャツを作りたいぐらい!というようなことが書いてあった記憶がある。 しかし、それってどういうこと?普通、やる気が出るから、やり始めるって思うんだけど。 チャットGPTに聞いてみた。 そしたら、脳の仕組み的には、順番が逆らしい。 脳は、 行動する→やる気が後から出る という働きをするというんだ。 脳の「側坐核(そくざかく)」っていう部分が「やる気スイッチ」に関わる場所だと言われているんだって。 何かをやり始めて、ほんの少しでも進むと、「動いた」という感覚が生まれる。すると、「側坐核(そくざかく)」から「ドーパミン」という物質が出るらしい。 その「ドーパミン」という物質が「もう少しやってみたら楽しいよ」って、後押ししてくれるんだって。それで、「もう少し続けてみよう」とやる気につながっていくらしい。 しかし、その最初の「やり始める」が難しいんじゃん。と、思う。 そう思いながら、思い出した。いつか本で読んだ「ベイビーステップ」のことを。 そうだ。「やり始める」のハードルを下げてあげればいいんだね。 「英語の勉強を始めよう」じゃなくて、「1個だけ単語を覚えよう」 「運動を始めよう」じゃなくて、「3分ストレッチしよう」 「家じゅうの窓掃除しなくちゃ」じゃなくて、「1枚だけきれいにしよう」 最初の「やり始める1歩」のカギ、「ベイビーステップ」とは、 「大きな目標を小さくすること」ではなく、 「最初の一歩を、失敗しようがない大きさにすること」。 たしかに、ブログも「今日はタイトルだけ書いておこう」って始めたら、もっと書き進めることができたりするね。

辞書にサヨナラ

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デーンと本棚で場所をとっている辞書を前にして、ため息をついた。辞書も聖域だ。 辞書って、お勉強の神様のシンボルみたいな感じ。本棚に辞書があるだけで、頭が良くなりそうだし、頭がいい人に見えそうだ。 でも、だ。 この辞書たち、いつ使っただろうか。ドイツ語の辞書、フランス語の辞書、ハンディタイプの和英英和辞書、もっと小さい和英辞書。 たぶん手元に来たのは30年ぐらい前で、ひいき目に見て(?)15年ぐらい前に一度開いたことがあったかもしれない。 ああ、なんでそんなに長いこと開いてあげなかったの? だって、ドイツ語なんて、フランス語なんて調べることないんだもん。 英語だって、他の辞書の方が結局使いやすいんだもん。 今日、超超久しぶりに開いてあげようか。 って、まず外側のカバーからスッと出てこない。くっついているんだ。両手で辞書をつかんで下にふって、ようやく出て来た。パラリとめくり、中身をチェック。 うう、ち、ちいさい。 そう、老眼にはつらい字の小ささ。思わず指でピンチアウトしちゃうけど、大きくなりませんって! どう?これから使うことある?これ、読みたくなるときがあると思う?と自分に問う。 いや、無いね。調べたかったら、ぜったいネット使う。 ということで、辞書たちにサヨナラすることになった。 でも、辞書って、ビニール製か合成皮革か何かの表紙カバーが付いていて、そのまま紙のリサイクルとかに出せないんじゃない?外せばいいんだろうけど、そんな簡単に外れるかなあ? 心配しながら、表紙カバーをちょっと引っ張ってみたら、いとも簡単に外れた。 古過ぎて、糊付け箇所もすっかり劣化していたみたいだ。 かくして、長年開かれずに本棚に鎮座していた辞書達は、紙リサイクルへの旅に向かうことになったんだ。

ワールドギフト使ったよ

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フワフワになったクマちゃんたち  昨日の新聞のSDGsを学ぶ特集記事に【着なくなった服を再利用する会社の取り組み】が紹介されていた。「古着deワクチン」、うん、その名前、見たことがあるぞ。 
 注文すると、数日で専用の回収袋が自宅に届けられるので、それに衣類を詰めて、指定のフォームで集荷を依頼して完了、というシステムのようだ。お洋服は海外で再利用してもらえる上に、ワクチン支援にもつながるという。
Webサイトに行ってみたら、スタンダードサイズの袋が3,300円で、一番大きいのは5,500円だった。 実は昨年の夏、「古着deワクチン」じゃないけど、似たようなシステムのNPO法人「 ワールドギフト 」を利用したんだ。ここは郵便局による集荷なら2,900円(送料込み)で、衣類だけではなく、けっこう何でも送れる。実家で読んだ本に載っていて、ずーっと気になっていた。 
縦+横+高さの合計が140センチ以内の段ボール箱に、家の中の不用品を詰める。 ゴミにできないもの、捨てられないものも、誰かに喜んで使ってもらえると思うと、次々と手放せた。 
高校生の時に買った使いかけの古いクレヨン(でも書ける!)、余分な鉛筆と色鉛筆、飲み物か何かのおまけに付いていたおもちゃやポーチ、お弁当箱、余分で使っていないお玉やフライ返し、タッパー。間に合わせで買ったけどUV機能が低くて結局使っていない日傘、かわいいお菓子の缶などなど、古着やタオルの他にも、家じゅうから寄付できそうなものを探し出して、たくさん箱に入れた。 でも、ここを使って送り出したいと思っていた最大のものが他にあった。 それは、かわいい3匹のクマちゃんのぬいぐるみ。
 一番大きな子は20年以上前に、カナダの大学の寮の同じフロアの子にクリスマスプレゼントだとかで貰った子だ。なんでも「2つでいくら」というクリスマスセールだったそうで、1つ分けてくれたのだ。帰国する時には、飛行機の隣の席にシートベルトをして座っていた。私がトイレに立った隙に、隣の乗客がふざけてこの子にヘッドホンをつけていて、笑わされたのを思い出す。 
中くらいの子は大学生の時にTくんに預けられたもの。Tくんの車にも、一緒に乗ったっけ。 
一番小さな子もカナダ時代の子だ。夏に働いていたホテルの寮のルームメイトからもらったものだ。キャベルアパートメントに住んでいたから、こ...

未練がましさにサヨナラ1

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  これまでも、チョコチョコとモノの整理はして来たほうだと思う。でも、聖域のように触れられず、さらにドーンと結構なボリュームのものがあった。それは、これまでに15年以上の歳月の間作り続けられ、溜まりに溜まった教材たちだ。 自分で作ったから、愛着がある。それから、いつかまた使えるかもよ?という「ラクしたい精神」もある。たしかに、それで何度か出番のあった教材もあるんだけど、それも数が少なければサッと出して活用できるというもの。量が増えると、その存在すら忘れてしまうし、覚えていたとしても「どこにしまったっけ、確かここにあったはず…あれ?ないぞ?」となり、発掘するより新しく作った方が早い、なんてことにもなったりする。 しかし、なまじ上手く収納システムを確立してしまったがために、ファイルがどんどん増えてしまったのだ。 これを、どうにか見切りたい。 そう思って、何か背中を押してくれるような記事がないかしら、と筆子さんのブログ( 筆子ジャーナル )を読んでいたところ、同じ教育関係の読者のお便りの記事( リンク→ )にぶつかった。 「過去に教えたこと」にこだわったり、とらわれたりしているようでは、本当に魅力的な授業はできない 「前やったこと」はもう古く、邪魔でしかないし、前やったことで必要なことは、からだが覚えています。 教師の仕事はライブパフォーマンスであり、現場での、1つひとつの授業が勝負で、ある意味、賞味期限のある生物(なまもの)だと思います。 捨てに、捨てた。 だいたい学習者の国籍も、世代も、学習スタイルも、そして教育界が求める教授法もどんどん変わっているんだ。過去にしがみついているようでは、ダメだ。 今、ここ、今日、 新たな気持ちで向き合わないと。

ミニミニファイルから抜いたもの

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  小さいものでも場所はとっている。リビングボードの引き出しに入れてあったカードファイルの中身をチェック。 小さなことからコツコツと、だ。毎日少しずつでも不用品とサヨナラする。 一つはポイントカードのファイルだ。 もうスマホのアプリ化していて、物理カードは不要というもの、 前に住んでいた場所にあったお店のポイントカード、 どこの店のだかよくわからないやつ、 日本から撤退したお店のもの、 毎年北海道旅行していた時に行っていたラーメン屋とハーブ屋さんのポイントカード(今そのシステムがあるかどうかも不明)、 もう使っていないデパートの化粧品屋のメンバーズカード、 時々行くけど、行く時にはいつも忘れてしまうレストランのポイントカード、 などなど、ごっそり出てきた。「得したい」というケチくさい気持ちで、とっておいている割に、結局忘れちゃって場所をとっているものにサヨナラできてスッキリした気持ち。 もう一つは診察券のファイル。 これにも、昔の職場の近くとか、昔住んでいたところの病院の診察券が多数あった。今通っていないなら、要らない。一応、大学病院とか大きな病院の診察券は行く可能性があるからとっておくことにしたけど、あとは処分。 ポイントカードやら診察券やら、そんなものを一枚一枚、ファイルに入れてるなんて!ガサっと束にしてまとめておけばいいだけなのに。と、Tくんには呆れられた。 そうなんだよね。無駄な整理が多い、って、片付けを始めると気が付く。

ぎゅうぎゅうの収納ケースから抜いたもの

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  シビラのスカートとアメリカで買ってきた珍しい柄のスカート。 どちらも大好きで何度も着ていたけど、歳と共にあまり着なくなっていた。膝は隠れる丈だけど、最近の気分では短すぎる気がして。でもタイツをはけば、着られる!と、とっておいていたけど、そもそも最近タイツの出番がない。最近の春は暑すぎて、秋も暑すぎて、冬は寒すぎるから。 もうブカブカになった庭用のズボン、涼しいんだけどちょっと形の悪いズボン。 あったら着るけど、なくても困らない。他にいいのがあるから、多分そっちを着ちゃう。 相当気に入っていたGジャン。 アメリカに忘れてしまった時は、家主にわざわざ送ってもらったこともあるくらい。でも最近着る機会がない。去年も今年も着ていない。きっと来年も着ないだろう。 デザインが変わっていて素敵なワンピース。 素敵だし珍しいし可愛くて着ると褒められるんだけど、今年も着なかった。アイロンしなくちゃいけないからだ。暑いんだよ。夏にアイロンなんて。 同じくプリーツが素敵なブラウス。 これもアイロンしないとプリーツが台無しになるからね。結局あまり出番がないんだ。着ていないなぁって横目で見て、ちょっと残念な気持ちになってしまう。 シビラのジャケット風カットソーとクロシェカーディガン この子達も気に入っていて何度も着ていたのに、最近出番がなかったのはやっぱり似合わなくなっているからか。あと古くてへたった感じもあり、肌触りも悪くなっているのが気に入らないのかも。動きにくさもある。 他にも色々、色々… まだ着られるよね。好きな服だし、高かったし、素敵だし。うん、やっぱり、まだ着られる!と思いつつ、じゃあどうして今年着なかった?昨年も着ていないんじゃない?来年着る気がする?着ようと思ってワクワクする?と自分に問いかけると、うーん、そうでもないかも。と。 スペースのできた収納ケースを見て、寂しさはなく、ホッとした気持ち。残ったみんなをちゃんと活用してあげられると思えるから。

未来の私を軽くする

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  ものが多すぎて身動きが取れなくなっていくのは嫌だ。そう思って、今までもチョコチョコと片付けはしていたけれど、手付かずの領域があった。それに踏み込んでいこうと決意した。未練がましくとっておいてあるものが沢山あるんだ。 夏に図書館で読んだ「ごんおばちゃま」の本によると、毎日違う場所を30分だけ片付けるのがいいとのこと。よく断捨離本に書いてある「全部出して」は大変だから推奨していなくて、出さずに眺めて、減らすものを見極めるとのこと。その場所から「抜く」とごんおばちゃまは表現していた。 軽やかに生きるため、少しずつ「抜く」を進めていく。