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8月, 2024の投稿を表示しています

台風

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  ノロノロ台風が連れてきた雨雲が、ここ2日間雨を降らせ続けている。これまでの1ヶ月、ぜんぜん降らなかった分を集中して取り返している。少しずつ分けて降ればいいものをねえ。なんだか、夏休みの宿題みたいだ。  幸いにも、台風は当初の予報よりずっと弱まってくれて、私の町の被害は(今のところ)あまり無いみたい。今は、台風が上陸する前から、電車やバス、お店も学校も休む判断を早くにするから、そのおかげで出歩く人も減って、怪我する人もだいぶ少なくなったんじゃないかと思う。  実際に来てみたら、それほどの脅威でもなかった時、不便を感じた人からの「大した台風じゃなかったのに…早くに休みを決めすぎなんじゃないの?」という声も聞くけど、酷くなかったのは結構なこと。それに、いつでも買い物できる、配達してもらえる、それが当たり前の便利な世の中を作ってくれている人たちのことを考えると、台風が強かろうと弱かろうと、直撃しようとそれようと、こんな時ぐらい休ませてあげようよって、そんな気持ちになる。  これまでの人生で印象的な台風はいくつかあるけど、一番は小学校低学年のときにやって来たやつだ。朝はふつうに学校に行ったんだと思う。両親も会社に出かけて行った。でも、学校に行ってから、どんどん雨も風もひどくなって来て、授業中に放送があったんだ。先生は職員室へ行ったり来たり、結局みんな家に帰ることになった。集団下校だ。  近所の集団下校グループで、みんなで家に向かった。 外の景色は白い斜線でよく見えない。白い斜線は雨、雨、雨。雨が入ってくるから、眼も開けられない。風が吹いて危ないから、傘もさせない。たしか、傘をささないように言われてたと思う。風が強くて、雨が口にも鼻にも入って来て苦しい。息ができない。用水路から水があふれて、道路は茶色い川のようになっている。川の流れに足を取られてか、強風にあおられてか、歩いても歩いても、ちっとも前に進まない。もう帰れないかも。泣きそう、いや泣いてたかも、でも涙なのか雨なのか鼻水なのか、もうよくわからない。ああ、とにかく息がしたい。  集団下校は子どもだけじゃなかったと思う。迎えに来た友だちの親御さんも何人かいた。1台だけ、車で迎えに来た人もいたけど、半分ぐらい水に浸かって、途中で止まってしまったと思う。それで、大人も子どもも、運命共同体みたいな感じで、必死で家に帰り...

ギュッと砂を握りしめた彼

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   この間、Tくんにケーキを買って帰ってもらった。地域専用の商品券の使用期限がもうすぐだったから。この商品券、昨年度末に市の委員会の機関紙の投稿企画に掲載されて、もらった賞なんだ。  母や 前回の思い出のOさん のように、スラスラと作文を書くのは苦手だけれど、書きたいことがありさえすれば、文を書くこと自体は嫌いなわけじゃないんだと思う。だから、こうやってはちべえブログも綴っているんだけど、そのおかげで文章力が鍛えられているのかもしれない。  小学校での作文の書き方の指導は無いに等しかったけど、一つだけ残っていることがある。それは、クラス対抗で行われた球技大会の感想文を書いた時のことだ。後で、先生がクラスのある男の子が書いた作文をみんなに読んで聞かせてくれたんだ。 「ぼくは、グラウンドのすなをギュッとにぎりしめた。」  その球技大会で、負けた時のことだ。 「くやしい」という言葉は使われていないのに、その気持ちが伝わってくるでしょう 、と先生は言った。  ギュッと砂を握りしめた彼は、クラスでも勉強が良くできるいわゆる優等生のタイプではなくて、元気すぎてよく先生に叱られるような子だったから、彼の作文が読まれたことに私は密かに驚いていた。そして、その表現力にも。このことは、ずっと私の中に残っていて、何か文を書くときはいつも考えるんだ。他の言い方では、伝えられないか、と。

作文が好きな子どもなんて

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   夏休み前のこと。T子さんが大きなため息をつきながら言った。「だれも作文を書きたがらない。どうして?あんなに本が大好きなあの子も、成績優秀なあの姉妹でさえ、書きたくないって。一体どうして?」T子さんは、小学生の[夏チャレンジ]のコーディネーターをしていて、この夏はぜひ作文に挑戦してもらいたいと、担当の小学生たちに声をかけていたんだけど、残念ながら手応えはサッパリだったみたい。  T子さんは「どうして」と不思議がっていたけれど、不思議なことは何もない。作文が好きな子どもなんて、いないでしょ。嫌なのがふつうでしょ。本が好きなことと作文はまた別件よ。  作文が好きだったなんていう人はうちの母くらいだ。彼女は小学生の頃、作文が大好きで、隣でクラスメートが数行書いてウンウンうなっているのを尻目に、スイスイ書いて、意気揚々と先生に新しい原稿用紙をもらいに行ってたんだって。母から何度も聞かされているこの話を思い浮かべつつ、思った。あ、Oさんもだ。  今の小学校ではたぶんそんなことはないと思うけど、私が小学校の低学年のころは何かっていうと作文を書かされた。書き方の指導もなく、書きたいことを書け、という感じで教師は生徒に丸投げ。ウンウンうなって筆が進まない人が大勢いるのもしかたがない。そんな中、Oさんだけは違っていた。スラスラと文をつむぎ出し、あっという間に何枚も書き上げていく。そのスピードといい、枚数といい、それはそれはスゴかったんだけど、そんなこと以上に、ああ、もうこの人にはかなわないと思い知らされたことがあった。  Oさんの上手な作文、先生が読んでくれたり、学年通信やなんかに載ったりしてたんだと思う。それで、今も強烈に記憶に残っているOさんの作文、それは、 『ゆうれいの声みたい』  作文というと、『きのうのこと』とか『遠足』とか、そういう題名しか知らなかった私には『ゆうれいの声みたい』って、衝撃だった。小学2年生だったからね。でも、Oさんも同じ小学2年生だったんだ。  彼女はその学年のうちに転校してしまったけど、この題名だけは、私の記憶に、きっとこれからもずっと、残り続ける。

キャンプのカレー

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Tくんがカルディで買ってみたレトルトカレーと換羽の続いているJさん   今朝は久しぶりに眠い朝だった。デッキの植物に水をやらねばと外に出たら、久しぶりの朝っぽい空気!気温を確認したら24℃だった!そうか、久しぶりに熱帯夜じゃなかったんだ!それで、よく眠れたらしい。春眠ならぬ 秋眠、暁を覚えず だ。  この朝っぽい空気はキャンプの朝を思い出させた。あれは小学校3年生の夏だったと思う。家族で初めてキャンプに行ったんだ。  それまでキャンプに行ったことが無かったから、「キャンプは楽しいよ〜楽しいよ〜」と母にずっと聞かされていて、そりゃあもう楽しみにしていた。川で遊べるというから、そのためにハチベエと私、おそろいの水着を買ってもらって、キティちゃんのプール用のバッグも買ってもらって、期待マックスで当日を迎えた。  その頃は家に車が無かったのか、その初めてのキャンプは電車を乗り継いで行ったんだ。最後はバスだったんだと思うけど。その電車のどこかで事件は起こった。新品ピカピカのキティちゃんバッグが無くなったんだ。バッグの中には出番を待っていた水着も、それからその日食べるはずだったおにぎりも入っていた。どうやら、どこかで誰かに盗られたらしい。  こんな出だしだったら、ガッカリでせっかくのキャンプ企画も台無し!になっていそうなのに、初めてのキャンプは初めての連続で、「最高!」だった。国語の教科書にあった『つりばしわたれ』を思い出させる吊り橋、水着がないからTシャツのまま、冷たくてきれいな川の水に体を浮かべてみたこと、カブトムシがいそうな樹液の香りのまざった空気。ワクワク・ドキドキを感じられれば、残念な記憶も上書きされるんだ。  小さくて簡素なバンガローでの夕食はカレーだった。カレーといっても、野菜を切って炒めてとイチから作るやつじゃない。ごはんも飯ごうで炊いたりはしなかった。  カレーは缶入りの、ごはんも真空パックになっているの、それらをお湯で温めるだけだった。それなのに、キャンプのカレーって、すごくすごくおいしかったんだ。  今でも缶入りのカレーを見つけると、キャンプのことを思い出す。それにしても、あれ、どうしてレトルトカレーじゃなくて缶だったんだろう。缶はかさばって、重くて、大変な気がするけどな…やっぱり缶入りのやつの方がおいしいからかな。

み・ぞ・れ

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 「雨マークが消えてる!」iPhoneを片手にTくんが今朝ボヤいていた。もう2週間以上、ずっと雨が降っていない。雷注意報が出ても、夕立も降らない。さすがの田舎の庭も疲れ切っている。それで週刊天気予報の雨マークに期待していたのに、どうやら予報はまた変わったみたい。水が足りていない庭はキョーレツな熱い空気を通して白々と見える。  ハチベエと過ごしていた夏休み、その年も、こんな白っぽいカラカラした日が続いていたんだ。それでも小学生パワーで、外で遊んだ。毎日、毎日。家の近くには遊べるような田んぼとか神社とか無かったけど、どこかしら遊べる場所は見つけるものなんだね。庭と呼ぶには狭すぎる家の裏とか、資材が放置してある空き地やなんかも遊び場だった。  汗だくになっていたはずなんだけど、それは不思議と覚えていない。覚えているのは、そのときハマったアイスのことだ。  うっすら黄いろいアイス、かたくて冷たい大きな棒アイスだ。当時のテレビのCMの歌が耳に残っていて名前まで覚えている。♪「み・ぞ・れ」だ。  グレープフルーツ味がおいしいんだ、って、ハチベエに教えてもらったんだと思う。お隣の八百屋さんだったかなあ、ずっとまっすぐ歩いて行ったところにあるスーパーだったかなあ、いや、やっぱり八百屋さんだ。そこへ、くりかえし、くりかえし、買いに行ったんだ。  おいしいねえ、おいしいねえ!と二人とも大好きだった。つめたくて、おいしくて、あれを食べると涼しくなった。 だから、汗のことはすっかり忘れてしまっているのかもしれない。

卵は焼けるのか

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   毎日、毎日、外に出ると焚き火にあたっているような、お湯につかっているような暑さが続いている。夜、寝る時間になっても30℃を下回らないんだから、「熱帯夜」の定義… 「夕方から翌日の朝までの最低気温が25℃以上になる夜のこと(気象庁HPより)」 どころじゃあない。そこで、エアコンさまはほぼ1日中大活躍だ。  そう、ほぼ一日中。ずっとつけていたいのに、エアコンは 「サイドフィルターのおそうじをおすすめします」 なんてコトを言ってくる。エアコン稼働時間の積算量ごとにメッセージが出るようにいなっているから、こんなふうに毎日エアコンが大忙しで働いていたら、結構な頻度でこのメッセージが出るんだ。で、また数日前に言われちゃった。お掃除して、って。  だから、今朝は朝っぱらからエアコンつけるのは我慢して、扇風機でしのいで朝ごはんを食べた。部屋が30℃を超えると暑がってお口を開けるJさんも、幸い今朝はそんな様子を見せることもなくブランコの上で羽繕い。  サイドフィルターのおそうじって、実はそんなに大変じゃない。たいていハンディー掃除機でガーっとホコリを吸い込むだけだ。でも、今日はそれだけじゃ綺麗にならなかった。うん、それはそれは毎日一生懸命働いているからねえ。。。  で、食器洗い洗剤で洗ってスッキリしたのはいいけど、拭き上げても完全には乾かないから、アツアツの外に出したんだ。  子どもの頃に住んでいた家のベランダも、手すりが金属で平らだった。色は真っ黒で鉄板のよう。当然、黒い色が熱を集めることもあり、この手すりは夏はうっかり触ったりできないほど熱々だった。  この熱さなら、きっと目玉焼きが焼ける。ああ、実験してみたい… 実験してみたくて仕方がなかったけれど、まさかそんなこと、ダメって言われるに決まってる。食べ物を粗末にすることになっちゃうからね。だけど、どうしてもやってみたかったんだ。 だから、ハチベエとお留守番の夏休みのある日、冷蔵庫の卵を1つ、ボウルにカツン。白身をちょっぴり、こっそりこっそり拝借した。そして、熱々の手すりに、、、 ジューッ! ジューだって!ジューだよ! やっぱりそれくらい熱かった!  熱いことが証明されたベランダの手すりの上に、小さなひとかけらの白身だけの目玉なし焼きが出来上がったけど、やっぱり食べるわけにはいかなかったから、やっぱり粗末にしちゃった...