作文が好きな子どもなんて
夏休み前のこと。T子さんが大きなため息をつきながら言った。「だれも作文を書きたがらない。どうして?あんなに本が大好きなあの子も、成績優秀なあの姉妹でさえ、書きたくないって。一体どうして?」T子さんは、小学生の[夏チャレンジ]のコーディネーターをしていて、この夏はぜひ作文に挑戦してもらいたいと、担当の小学生たちに声をかけていたんだけど、残念ながら手応えはサッパリだったみたい。
T子さんは「どうして」と不思議がっていたけれど、不思議なことは何もない。作文が好きな子どもなんて、いないでしょ。嫌なのがふつうでしょ。本が好きなことと作文はまた別件よ。
作文が好きだったなんていう人はうちの母くらいだ。彼女は小学生の頃、作文が大好きで、隣でクラスメートが数行書いてウンウンうなっているのを尻目に、スイスイ書いて、意気揚々と先生に新しい原稿用紙をもらいに行ってたんだって。母から何度も聞かされているこの話を思い浮かべつつ、思った。あ、Oさんもだ。
今の小学校ではたぶんそんなことはないと思うけど、私が小学校の低学年のころは何かっていうと作文を書かされた。書き方の指導もなく、書きたいことを書け、という感じで教師は生徒に丸投げ。ウンウンうなって筆が進まない人が大勢いるのもしかたがない。そんな中、Oさんだけは違っていた。スラスラと文をつむぎ出し、あっという間に何枚も書き上げていく。そのスピードといい、枚数といい、それはそれはスゴかったんだけど、そんなこと以上に、ああ、もうこの人にはかなわないと思い知らされたことがあった。
Oさんの上手な作文、先生が読んでくれたり、学年通信やなんかに載ったりしてたんだと思う。それで、今も強烈に記憶に残っているOさんの作文、それは、
『ゆうれいの声みたい』
作文というと、『きのうのこと』とか『遠足』とか、そういう題名しか知らなかった私には『ゆうれいの声みたい』って、衝撃だった。小学2年生だったからね。でも、Oさんも同じ小学2年生だったんだ。
彼女はその学年のうちに転校してしまったけど、この題名だけは、私の記憶に、きっとこれからもずっと、残り続ける。