松の香り

 

 天気の良くなかった今年のGWだったが、スカッと晴れた日もあって、その日はドライブ。松林の中を通る海岸線の道を駆け抜けた。窓を開けていたんだろうか、微かに松のにおいがした。松のにおいがする、と言ってもTくんには分からない。Tくんが風邪をひいていたせいもあるかもしれないし、本当は松のにおいなんてしていなかったのかもしれない。でも確かに「松のにおいだ」って感じたんだ。

 嗅覚は記憶と結びつきやすいと聞く。そのにおいは子どもの頃に過ごした町を思い出させた。このにおいが含まれる空気の中、近所のみんなで自転車に乗って市民プールへ行ったこと、母のこぐ大きな三輪車の後ろの荷台カゴに八兵衛と二人のせられて、ピアノのレッスンに行ったこと、朝早く学校か幼稚園かが始まる前に父と出かけた砂浜の向こうに見えるお神輿。ごちゃ混ぜになって色々なことが湧き出して、グルグルと頭の中をかき回して来た。

 いや、こんなイベントごとの時だけじゃなく、単に車で移動中に、よく通った海辺の道、窓を開けると常にこんなにおいがしていた。

 防風林の松の香りは、あの町の記憶の鍵だったんだ。