だいこんの花

 

 Tくんとドライブして寄ったお店で、小さなマルシェが開かれていた。オリーブオイルのスタンドで、お店の人があんまり一生懸命説明してくれるので、ちょっと味見をしてみた。「うん、これは美味しいね。」買ったばかりのパンにオリーブペーストをのせて、お豆腐にオリーブスパイスをパラリとしたくなった。思った通り、その夜のワインにぴったりのおつまみになった。
 スパイスの新鮮さが際立つこのオリーブスパイスを食べて、クレイジーソルトとの出会いを思い出したんだ。

 学生時代、一人暮らしをしていたワンルームの近くに、小さなレストランができた。工事をしている段階から興味津々で、前を通るたびに眺めていたから、いい感じのお店ができて何だか嬉しかった。看板には「だいこんの花」ずいぶん素朴な名前だ。あと「ポワソニエ」とも書いてあった。第二外国語でフランス語をとっていたRちゃんに「ポワソンって魚のことよ」と教えてもらって、魚料理が得意なフランス料理のお店なのかしら、と、ぼんやりと認識した。お店がオープンすると、入り口の小さな黒板にコースメニューが出るようになった。学生にも何とか手が届く1500円からコースがあった。どうしても、どうしても行きたくて、ある日ようやく行くことができたんだ。
 1500円だけど、ちゃんとコースになっていた。最初に、ゆで卵が出てきた。エッグスタンドに立てられた半熟卵だ。殻の帽子が取られた卵の頭には何かが振りかけられていた。クレイジーソルトだった。ただの半熟卵が、この不思議な調味料をかけられただけで、オードブルに変身したことに驚いた。それまで見たことも聞いたこともなかったクレイジーソルト、この後、明治屋かどこかで見つけて、興奮して2つ手に入れた。たまご大好き人間の母にも教えてあげたかったからね。

 だいこんの花へは、あれから何度も行った。サークルの仲のいい友達とはもちろん、地元から友達が遊びにきた時も、八兵衛が来た時も。安いし、美味しいし、連れて行った人はみんな気に入ってくれた。でも、お店から離れたところに引越ししてから、さっぱり行かなくなってしまった。そして、講座の先輩たちと久しぶりに行ったランチが最後、いつの間にか、無くなってしまった。

 だいこんの花、すごくすごく美味しかったのに、覚えているのは2つだけ。初めての半熟卵と最後のランチに食べたパスタ。そう、フレンチの店が気まぐれに出すパスタ、あれは魚介の風味が濃縮されたソースが絡められた絶品パスタだった。どうやっても真似できない!と、心底感動したんだ。だいこんの花、大好きだったな。きっと今は別の名前で、どこかの街で、きっと今も美味しい料理を出しているんだろうな。